東京地方裁判所 昭和37年(ワ)1812号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕債権質の場合債権証書が返還されても当然には質権は消滅しない。
〔事実と争点〕原告は被告金庫を定期預金契約をしていた訴外平田花子から定期預金債権をゆずりうけたと主張し、みぎ定期預金の支払いを求めたところ被告は本件定期預金債権については平田の被告にたいする債務のため質権が設定せられている旨抗弁した。原告は右抗弁に対する再抗弁として被告と平田間の質権設定契約は昭和三六年三月一日ころに解除され、被告は平田に対して本件債権に関する証書(定期預金証書)を交付したので被告は質権者でなくなつたと主張し、被告は右解除の事実を否認した。
判決は被告が平田に本件定期預金証書を交付した事実を認めたが、この事実のみからは両者間の質権設定契約を解除する旨の合意があつたとは認められないとして原告の主張を排斥したが、質権設定契約と証書の交付との関係につきつぎのとおり説明している。
〔判決理由〕また本件債権はいわゆる指名債権に属するものであつて、指名債権の上に質権を設定する場合にその債権の証書があるときは質権の設定は質権設定の合意とその証書の交付とによつて効力を生ずるものであり、一般の質権設定の場合の質物の交付が証書の交付に対応するものと言える。しかし債権質においては、質権者に対する証書の交付および同人のその所持は、質権を公示する作用においてその効力は弱く(債権質の本来的公示方法は第三債務者に対する通知またはその承諾である)、又指名債権の行使その他の処分には証書を必要としないこの権利の性質上、質権設定者から質権の目的たる債権の処分権能を奪ういわゆる留置的効力を伴わない。従つて質権者による証書の所持は、一般の質権の場合に質権者が質物を所持することにより質権を公示し、且つその留置的効力を完全に享有しうること(即ち質物の所持が質権の存在および効力と不可避の関係にあること)に比して、その有する法律的意味、即ち質権の存在および効力との関連性は小であるものというべきであり、このことは証書のない債権にあつては質権設定の合意のみで質権が成立することと比較対照して見ても肯定できるものと考える。
一般の質権において、質権者が質物を任意に返還する場合であつて右返還が質権設定契約を解除する旨の右契約当事者間の意思の合致によらないものと認められる場合にには、なお質権設定契約は当事者間では有効であつて質権者は質権設定者に対する質権を喪失することなく、単にその質権を以つて第三者に対抗し得ないものになるに過ぎないと解するのが相当である。
よつて一般の質権においては、右の如き場合には、質物の任意的返還即ち所持の喪失が当然には質権の消滅を招来しないものであるから前示の如く証書の所持が一般の質権における質物の所持に比してその有する法律的意味の小である債権質においても又、右の如き場合にはその任意的返還は質権の消滅を招来しないと解するのが相当である。(石田哲一)